【レポート】冷戦:米国勝利史観の再検討

冷戦:米国勝利史観の再検討

キューバにみる米国の第三世界政策の失敗

導入

 冷戦研究の分野において、冷戦終結の真因に対して様々なアプローチから研究がなされてきている。ポスト修正主義派は、冷戦を勢力均衡の側面から解釈し米国とソ連のイデオロギー対立が重要な要因であったと主張した。自由を守ろうとする西側のイデオロギーの方が永続的であったために、西側が勝利したと彼らは結論づけている[1]。従来の冷戦研究では、冷戦を米ソという超大国の二極対立構造と捉え、米ソと第三世界は支配と従属という関係であるとみなされてきた[2]。しかしながら、冷戦終結後に情報開示が進み西側諸国による研究が進展すると、米国とソ連の圧倒的な力の差が浮き彫りになったという。ウェスタッドは、「冷戦時代はもはや勢力均衡していたわけではない。アメリカがパワー、成長、アイデア、近代性、全てにおいて上回っていた。」と述べている[3]

 今回の記事では、この米国のスーパーパワーによって冷戦が終結したという主張に疑問を呈することに端を発する。目的としては、米国が全てにおいて上回っていたわけではなく、ソ連のイデオロギーの一貫性によって米ソの対立構造があったということを確認すること。手法としては、キューバにおける米国の外交政策について検討することとする。

冷戦期における米国の対キューバ政策

 冷戦期米国は覇権システムを構築することを目標としていた。ソ連を資本主義世界システムから排除することをイデオロギー的に正当化し、ヘゲモニー国として自由主義的資本主義秩序を構築しようとした[4]。しかし、その覇権システムは第三世界の台頭によって大きく揺るがされた。第三世界の革命を誘引し、米国を脅かした国の一つがキューバだ。1959年フィデル・カストロ率いる革命軍が親米バチスタ政権を打倒し、キューバ革命を成功させた。キューバのリーダーであるカストロとゲバラは米国に完全対抗の姿勢を見せたことで、ラテンアメリカのみならず全世界の第三世界の革命家に影響を与えた[5]

  当時の米ケネディ政権は1961年亡命キューバ人によるカストロ政権打倒を目論んだピッグス湾作戦を実行するも失敗に終わった。この失敗によって、ベトナム戦争においてケネディ政権は強硬な姿勢をとらざるを得なくなった。さらに、ケネディの後を引き継いだジョンソン大統領はさらなる軍事介入に踏み切った。米国が構築しようとした覇権システムの信頼性を守ろうとするべくベトナム戦争は泥沼化し、結局米国は勝利を得ることはできなかった。

ソ連のキューバへの移入

 キューバ革命が起こった頃のソ連の物理的な力は米国よりもはるかに劣っていた。当時米国はICBM、SLBMを中心とした戦略戦力を有していたのに対し、ソ連はその約10分の1の戦略戦力しか持っていなかった[6]。その圧倒的な戦力劣位にもかかわらず、ソ連はグローバルに確実に影響力を持っていた。その例の一つがキューバである。キューバ革命後、米国がキューバ対策に失敗し影響力を弱めていたのに対し、ソ連は影響力を強めた。カストロはソ連に接近し、ソ連は水面下でキューバへのミサイル配備を計画した。このようにソ連が米国と対立することができたのは、イデオロギーの一貫性において米国よりも上回っていたからだ。私は本授業中間レポートにて米国の対中南米政策の自己矛盾について指摘した。冷戦期の米国はグアテマラやチリの政策をみればわかる通り、イデオロギーの一致をしている政権を打倒しようとしたり、イデオロギーが異なる政権を容認したりするなど、その政策には自己矛盾が見られ、イデオロギーの一貫性に欠如がみられる。その一方で、ソ連はイデオロギーに一貫性があった。マルクス・レーニン主義に基づいたイデオロギーを第三世界に広め共産主義ブロックをヨーロッパをはじめ世界中に構築した[7]。キューバにおいても、圧倒的な戦力劣位の中で米国よりも影響力を与えることができたのはイデオロギーの一貫性とカストロ政権との親和性であった。

まとめ

 冷戦を検討するにあたって米国は何もかもソ連よりも優れていたと捉えるのは、物理的な戦力の部分しか分析できていない。覇権国家米国にソ連が挑戦を挑んでいたという構図では決してなかった。冷戦期にはバランスのとれた東西対立が起こっていた。戦力が圧倒的に足りなかったソ連が米国に対立することができた理由がイデオロギーの一貫性であった。ソ連はそのイデオロギーの強さによって、キューバをはじめとする第三世界にグローバルに影響力を与えることができた。すなわち、冷戦は米国のスーパーパワーによる一強構造ではなくて、米ソの対立構造がイデオロギーを通じて明確にあった。

【参考文献

英語文献

  • Odd Arne Westad, “The Global Cold War,” Cambridge University Press (2005).
  • Gaddis, J. L., “The Emerging Post-Revisionist Synthesis on the Origins of the Cold War,” Diplomatic History, 7-3 (July, 1983), pp.171-190.

邦語文献

  • 菅英輝「冷戦の終焉と六〇年代性」『国際政治』第126号(2001年)。
  • 田中孝彦「序論 冷戦史の再検討」『国際政治』第134号(2003年)、1-8ページ。
  • 広田秀樹「冷戦におけるソ連の国際政治戦略の基幹原則-国際政治のメガトレンドはいかに形成されるか-」『長岡大学 地域連携研究センター年報』第2号(2015年)。

[1] Gaddis, J. L., “The Emerging Post-Revisionist Synthesis on the Origins of the Cold War,” Diplomatic History, 7-3 (July, 1983), pp.171-190.

[2] 菅英輝「冷戦の終焉と六〇年代性」『国際政治』第126号(2001年)。

[3] Odd Arne Westad, “The Global Cold War,” Cambridge University Press (2005), p.403.

[4] Odd Arne Westad, pp. 8-38.

[5] Odd Arne Westad, pp. 170-180.

[6] 広田秀樹「冷戦におけるソ連の国際政治戦略の基幹原則-国際政治のメガトレンドはいかに形成されるか-」『長岡大学 地域連携研究センター年報』第2号(2015年)。

[7] Odd Arne Westad, pp. 39-72.

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