【レポート】日本の道徳教育の未来:イギリスのシティズンシップ教育を参考に

日本の道徳教育の未来

 

  • はじめに:背景・先行研究

シティズンシップ教育を取り上げた経緯について。2020年1月31日、ようやくイギリスがEUから離脱しました。ボリスさんの発言からハードブレグジットの思惑が強まり、英通貨であるポンドが売られた場面もありましたが、水面下で交渉をまとめるボリスさんの手腕は「さすが!」といったところではないでしょうか。今後のイギリス経済は完全にFTA次第。すでにイギリスから各国の企業が撤退していることから「イギリス経済は低迷する!」といった意見も散見されますが、こればかりは分かりません。今後のイギリスを調べていく中で、イギリスの教育改革の記事を見つけたことが今回の記事のキッカケです。それを深掘りしようという意図から「日本の道徳教育の未来 〜イギリスのシティズンシップ教育を参考に〜」というテーマで本記事を取り上げることにしました。

まず、大前提として日本におけるシティズンシップ教育は現代においても非常に珍しいです。「公民科」や「社会科」は小学校及び中等教育の中に含まれているが、シティズンシップ教育となると品川区の「市民科」やお茶の水女子大学附属小学校の「市民」など、数えられる程度のものしか存在しません。その一方で、道徳教育は日本において必修化されているものであります。道徳教育もイギリスのシティズンシップ教育と同様に、生徒や学生にとって必要であるという判断のもと、必修として近年追加されました。しかし、道徳教育に対する意見は賛否両論があります。シティズンシップ教育も道徳教育も、生徒や学生の自主性を育み、自ら責任をもって考え、行動することを目的として導入されたにもかかわらず、なぜ日本の道徳教育の必要性は世の中に浸透していないのか。この疑問に対して、日本の道徳教育授業の「進め方」に問題があると考えています(ベネッセ、2016)。

そこで、この記事では日本の道徳教育の新たな進め方を提案すべく、イギリスのシティズンシップ教育について深掘りします。イギリスのシティズンシップ教育の優れた点や課題点を分析したのち、日本の道徳教育の進め方に関して導入できる点がないかを検討していきます。また、結論として日本でシティズンシップ教育が実施可能かについても考察します。

  • 目的と方法:問題設定・仮説

グローバル化が進み、2020年の東京五輪を控えた日本社会は、今後今以上に「多様化」していくことが予測されます。日本全体の人口としては、減少することが予測されるため、労働人口の不足を緩和するべく、外国人労働の規制が緩和され、また、法定雇用率の引き上げなどが予測されています。それに加え、人口減少する中での高齢化率は上がる一方であるため、社会で他者と関わる際に、外国人や、障害者、高齢者など、様々な人つまり「多様な人」と接することが想定されます。

このような状況に備えるため、「人とどのようにして共存していくか」を考えるために、道徳教育なるものが導入されたはずですが、なぜ「必要な科目」として浸透していないのか。そこには、上記に述べたように方法論に問題があるようにです。現在の日本の小中学校で行われる道徳教育には、一冊の教科書が配布され、それを元に道徳教育の授業が進められます。私たちが小中学校に通っていた頃の「心のノート」は現在全面改訂され、「私たちの道徳」という教科書へと変わリました。日本での道徳教育用教材として平成26年度から用いられている(文部科学省、2016)が、この点が疑問点として挙げられます。「自分で考える」ことを主としている科目で、一冊の教科書に沿って授業を行う必要性はどこにあるのでしょうか。イギリスのシティズンシップ教育において、リサーチした結果からも、同じく若者の主体性を重んじているシティズンシップ教育においては、教科書たるものは用いられていません。その為、日本において道徳教育が疑問視されている要因として、一冊の教科書を用いて、既存の考え方や意見を教える形の教育になってしまっていることが挙げられます

  • 結果と考察:知見のまとめ

ここでイギリスのシティズンシップ教育の背景や現状について述べます。イギリスでは、ブレア労働党政権下において始めて正式な法定教科として導入されました(川口、2017: 62-63)。1998年にクリック・レポートが出され、セカンダリースクールでは2002年からシティズンシップの授業が義務化されることとなりました(佐貫、2002:169-179)。目的としては以下の課題を改善及び解決することが掲げられています:

  • 若者の政治離れ
  • 社会の多様化・複雑化に伴う共同体意識・公共性崩壊への危機感
  • 急速に発展する情報技術や経済のグローバル化の中での競争力強化

(嶺井、2007: 4-6)

グローバル化が進む中で、国家や地域における個人と社会との関係性も変わっていくことが予測され、その中でもいかにうまく共存していくかに焦点を当てた上での方針であることがわかります。「若者の政治離れ」に関しては、投票率の低下に現れているとされています。イギリスでは、1990年代以前までは総選挙において高い投票率を誇っていたが、1990年代より低下が見られ、特に18-24歳の若年層の落ち込みが報告されました(川口、2017: 62)。「社会の多様化・複雑化」に関しては、旧植民地からの移民受け入れ政策はサッチャー政権時に制限する措置が取られるようになったが、依然として90年代後もエスニックマイノリティの数は増加し続けました(川口、2017: 63)。イギリスは当時の特徴として多民族、多人種、異なったナショナル・アイデンティティをもったマイノリティーを多数抱えた国家でした(佐貫、2002:183)。しかし、日本においても同様のことが言えます。人口減少の影響で様々な規制緩和がなされ、外国人労働者が増え、女性や障害者が働きやすい社会へと移行しています。このように、国が抱える「課題」に関しては現在の日本と、シティズンシップ教育を導入しようという関心が高まった当時のイギリスとでは、共通するものが多いのです

しかし、このような社会に生きる若者たちをターゲットとして開講される授業における学習手法が、イギリスと日本での異なる点ですイギリスは学習手法としてアクティブ・ラーニングを用いた授業を開講しました。アクティブ・ラーニングとはディベートやプレゼンテーションなどが用いられ、実際にコミュニティの中で問題解決をしながら学習することなどが示されています(長沼、2012: 20)。イギリスの特徴として、このように学生や生徒が主体となって授業を進めていくことが優れている点としてあげられ、日本の教育の中には欠如しています

日本では道徳科や総合的な学習をも網羅し、知識学習だけでなく、その技術や態度の習得をも目指しているいわば「見えない学力」の向上に積極的に取り組んでいます(長沼、2012: 20-21)。しかしながら、掲げているものとは裏腹に、日本では受験競争の激化によって、学力が「受験学力」化し、じっくり考える力よりも、時間内に即答する条件反射力と暗記力に偏りがちであります。(長沼、2012: 29)。本来道徳教育は学生や生徒が主体となり、自主性を重んじた教育であるべきだが、一冊の教科書を参考にし、また、アクティブ・ラーニングが不足していることが、日本の道徳教育が浸透しない主な原因ではないでしょうか。

  • 終わりに:結論

今後多様化し、複雑化していく日本社会の中で、道徳教育が必要であることは間違いありません。しかし、今後さらに意味のある道徳教育、「受け甲斐」のある道徳教育にするためには、イギリスのシティズンシップ教育の優れた点をいくつか導入するべきであるのではないでしょうか。

まず、道徳教育の考え方として、現代社会の若年層の弱みをしっかりつかんだ上で、教育のプログラムを形成すべきです。文部科学省によると、児童生徒が生命を大切にする心や他人を思いやる心、善悪の判断などの規範意識等の道徳性を身につけることはとても重要であるとしています。しかし、これら全ては抽象的なゴールであり、社会の現状から、どうしてこれらが必要なのかが明記されていません。その点、イギリスのシティズンシップ教育の導入目的を考察すると、若者の政治離れを投票率のデータで表したり、いじめ問題や非行の件数から若者の共同体意識の欠如を課題として捉えたりと、具体的なミッションを掲げています。日本においても、「生命を大切にする心」や「他人を思いやる心」、「善悪の判断」などが目的として掲げられています。それが、どのようなデータや数値からそれらの課題が掲げられたのかを具体的に明記することによって、より意味のある道徳教育になるのではないでしょうか

次に、学習手法の面も改善が必要です。長沼の指摘通り、日本の教育は受験に特化すべく、暗記型のものとなっています。暗記した知識を活用し「課題解決」を行うことが目的となっている為です。しかし、実際の社会に潜在する課題を解決するには、まず「課題発見」の能力が求められます。何が問題で、その問題の原因は何かを自ら洗い出し、それに気付いたのちに課題解決を行うという人材が必要です。その点、日本の道徳教育を行う際に、イギリスで取り入れられているアクティブ・ラーニングを用いることが合理的ではないでしょうか。近年導入している学校が増えてきているが、これをさらに拡充していくことによって、より自主性と主体性を伸ばすことができる道徳教育を実現できるはずです。

今後のグローバル化していく日本社会に備えるために、以上の点を取り入れ、多様化していく環境の中で、いかに他者と共存することができるかを考える必要があります。その一環として、さらに内容や学習手法が充実した道徳教育を用い、延長線上としてイギリスのシティズンシップ教育の導入を図る。これが最善の策ではないでしょうか。

【参考文献】

川口広美著『イギリス中等学校のシティズンシップ教育 実践カリキュラム研究の立場から』 風間書房(2017)

佐貫浩著『イギリスの教育改革と日本』 高文研(2002)

長沼豊・大久保正弘編著『社会を変える教育』 キーステージ21(2012)

バーナード・クリック著『シティズンシップ教育論』法政大学出版局(2011)

松下良平著『道徳教育はホントに道徳的か?『生きづらさ』の背景を探る」』日本図書センター(2011)

マンディ・スワン 他、著『イギリス教育の未来を拓く小学校『限界なき学びの創造』プロジェクト』 大修館書店(2015)

嶺井明子編著『世界のシティズンシップ教育 グローバル時代の国民/市民形成』東信堂(2007)

【Web参考】

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です