【レポート】国際協力・援助の現場:各団体の事例

国際協力・援助の現場。各団体の事例。

グローバル化進展により起こる地球規模の課題に対して、国際協力・援助に関わる機関や団体は、それらの課題にどのように向き合い、機能を果たしているか。具体的な事例をもとにまとめました。

  • 導入

グローバル化が進み、世界中の誰もが簡単に情報を手にいれる事が可能な時代へと変わった。携帯の進化と共にクリックするだけで、大量に情報を得る事が出来る。時代の流れと共に、世界は様々な困難を克服してきた。民族紛争や境界線を越えた世界大戦によって、貧困に陥り餓死する人や、住む場所を奪われた人々は今でも多く存在する。この様な状況を打破する為、国々が団結し、多くの者の努力によって世界に変化をもたらしてきた。

国際協力専門員という言葉、あまり聞き慣れない人が多いのではないだろうか。これは、国際協力機構(JICA)が世界各地で展開している国際協力の技術部門の活動を専門職とする人たちのこと。JICAは年間約6000人もの専門家を開発途上国に派遣している。彼らの多くは企業や大学、研究機関に所属しており、派遣機関が終わるとそれぞれの所属先に戻るシステムとなっている。国際協力専門員は自ら職を辞さない限り、JICAの国際協力の活動に携わり続ける。彼らは様々な地域に赴き、人々が直面している深刻な問題解決に全力を注ぐ。危険な地域や開拓されていない場所への派遣もある為に、世界貢献に従事してきた者の努力は計り知れない。「国際協力」というワードを頻繁に耳にする時代になった中で、JICAなど世界の国際協力・援助に関わる機関や団体が課題に対してどの様に取り組んできたのかを明らかにしていく。

  • 青年海外協力隊

青年海外協力隊とは「日本政府の政府開発援助(ODA)によって国際協力機構(JICA)が実施する海外ボランティア派遣制度」のこと。開発途上国からの要請に基づき、それに見合った技術・知識・経験を持つ20〜39歳の青年を募集し、選考や訓練を経て現地に派遣される仕組みだ。過去50年間に88カ国、約4万人の青年海外協力隊が派遣され、他のボランティアと合わせると、累計の派遣者数は96カ国約4万8千人に及ぶ。この青年海外協力隊をはじめとするJICAのボランティアは、現地の人々と共に生活し、現地の言葉を用いながら保健医療・教育・コミュニティ開発・農業・スポーツ・防災等の幅広い分野において、開発途上国の抱える問題解決に取り組む。今回は青年海外協力隊が行った活動の中で、ルワンダの活動を取り上げる。

ルワンダへの派遣の始まりは1985年6月1日。鹿児島県における「1日外務省」においてアフリカでは10番目の派遣国として派遣取極が締結された後、1987年3月に5名の隊員が第一陣として派遣された。5名の隊員の職種は体育・図学・電気設備・空手道・陶磁器であった。しかし、ルワンダへの協力隊派遣は内戦によって大きく影響を受ける事となった。ルワンダの治安悪化によって、1993年7月までに全員が帰国する事となり、約6年間にわたる派遣による活動が一時停止されてしまった。

大虐殺が起きた内戦が終了し、2005年にルワンダへの派遣が再開される事となった。当初の派遣よりも多くの職種を持つ者が派遣され、現在に至ってはコミュニティ開発・公衆衛生・理科教育・観光・服飾といった多岐にわたる職種を持つ隊員が活動している。ルワンダの大きな課題は「水衛生改善」「理数科教育における質改善」であった。これを隊員間の連携、JICA専門家によって見事に解決した。「水の防衛隊」のグループ派遣によって、給水施設の維持管理支援は今でも継続されている。ルワンダは内戦後、大きな発展を遂げてきた。青年海外協力隊の協力も大きい。しかし、ルワンダの国民の絶対的貧困率は60%以上と高いままであり、協力隊員には生活改善や人材育成に貢献する事が求められている。

ルワンダだけでなく、世界各国で活躍している青年海外協力隊だが、実は彼らは国際協力の素人集団でもある。なぜなら、ほとんどの者が行った事がない土地での活動だからである。また、初めて出会う仲間とコミュニケーションをとって活動していくケースがほとんど。JICAは彼ら一人一人の特性を上手く組み合わせて編成チームを作り、真のニーズに合わせた問題解決に取り組む。情熱を持ち挑み続ける彼らの取り組みは、今後も期待が増す一方である。

  • エイズ予防地域ケアネットワーク・プロジェクト

グローバル化によって人とモノと情報が国境を超えて移動するようになった。そして、地球規模で広がる感染症が人類私たちにとって大きな脅威となった。新型インフルエンザやSARSなど、一旦発生したら社会に大混乱をおこしかねない急性の感染症の脅威は日本社会でも十分に認識されている。グローバル化の急速な発展とは逆に、世界に深く潜みながら時間をかけて世界中に拡大し、貧しい国を中心に多くの人命を奪っている慢性の感染症がエイズ。

JICAが実施する「エイズ予防地域ケアネットワーク・プロジェクト」は、エイズの試験研究などを目的に、1993年から3年間実施された「エイズ予防対策プロジェクト」の成果を発展させ、1998年2月から2003年1月までタイ保健省を相手国実施機関として行われた。タイは1984年に初めてエイズ患者が報告されて以来、患者数、HIV感染者数が急速に増加した。他の発展途上国に比べると正確な患者統計が取られていた事もあり、タイは一時「エイズ大国」と呼ばれる事となった。タイは1998年に、エイズ患者の累計が約10万人に達した。1990年代後半、タイは国を挙げての感染予防活動に成功していた。しかし、すでにHIVに感染したりエイズを発症したりした患者との社会的な共存が課題となっており、共存が可能なケアシステムの構築やネットワーク作りが十分ではなかった。そこで、エイズ予防地域ケアネットワーク・プロジェクトでは、ネットワーク作りとそのネットワークを生かしたHIV・エイズの予防・ケアのモデルの開発をパヤオ県で行った。

プロジェクトを進める中で、課題が多く存在した。まずは、タイにおけるエイズ治療薬が高価である為に対策取りにくくなるとった状況。また、タイ政府が既に対策を遂行している中で、どれほど日本の支援や技術を受け入れてくれるかが課題となっていた。様々な課題が浮き彫りとなる中、プロジェクトは主に6つを実施した。「婚前からの継続的・包括的なエイズ予防・ケアネットワーク」「HIV・エイズの感染・発症に特化した地域保健情報ネットワーク」「スーパーバイザーよる相談員サポートシステム」「保健医療施設における感染予防対策」「ラボラトリーネットワーク」「中高生を対象とするエイズ教育」である。タイ政府で行われていた対応策と明確な区別化をJICAは図りながら、これらの活動を、バンコク、パヤオ県およびタイの地域9県にこれらの活動を普及させた。そして、タイ政府から一定の評価を得る事に成功した。

【参考文献】

国際協力機構『持続する情熱 青年海外協力隊50年の軌跡』万葉舎(2015)

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