【レポート】武道の国際化

武道の国際化

武道の国際化、歴史と現状について。

グローバル化が進み、世界中の誰もが簡単に情報を手にいれる事が可能な時代へと変わった。携帯の進化と共にクリックするだけで、大量に情報を得る事が出来る。この様な時代の流れと共に、武道の知名度も全世界で高まり、国際化を遂げてきている

明治後半に入り、武術や武芸が「武道」と呼ばれるようになった。現在使われている武道の概念は、1918年〜1925年に柔道・剣道・弓道の総称として使われ始めた。そして、1930年代に入ると武道は急速に発展し、同時に軍国主義イデオロギーとの結びつきを強めていった。この様に武道は誕生したが、それぞれの武道によって成立してきた場所や展開の仕方は様々である。

  • 剣道

 剣道は、現在の形態が江戸時代の末期には完成しており、1895年に京都で設立された大日本武徳会が発展に重要な役割を果たした。

  • 柔道

柔道は、嘉納治五郎が明治15年(1882年)に創設した講道館柔道から始まった。この講道館柔道は、嘉納が青年時代に修行した天神真楊流と起倒流柔術を基に作り上げた。そして、現在では190カ国以上の国と地域が国際柔道連盟(IJF)に加盟し、オリンピックを代表とする様々な国際試合が行われている。

  • 空手

空手は、琉球王国で展開していた唐手が近代になって日本本土に紹介され、柔道の強い影響を受け武道化して成立した。この様に、それぞれの武道によって異なって歴史を歩んできた訳だが、唯一、柔道が近代スポーツとしての競技化を進める流れにある。これは、伝統性や精神性を強調する流れにある剣道と弓道には異なる。

第一次世界大戦が終わり、1920年代に入ると海外で武道の認知度が高まる事となった。イギリスで1920年に小泉軍治が谷幸雄と協力してロンドン武道会を設立し、武道会道場を開いた。その後、空手や合気道もメニューに入れ武道の国際化に大きな貢献を果たした。現在でも有力なクラブの一つとして存続している。1920年代後半に入ると、オックスフォード大学やケンブリッジ大学との柔道の定期戦も始まった。アメリカでは桑島省三がシカゴに柔道学校を開き、シカゴ大学や市内の有名なアスレティッククラブなどでも柔道を教えた。この事が「日系人の多いハワイや西海岸にくらべて普及の遅れていた中西部における柔道の発展に貢献した」(井上,2004)。そして、1931年にシカゴ大学で第一回アメリカ中央部柔道大会が開催された。フランスにおいて柔道の国際化に大きく貢献を果たしたのは會田彦一石黒敬七だ。會田はロンドン武道会の指導者としてイギリスに派遣され、その後はドイツに渡り、さらにフランスに渡って28年パリに滞在し、スポーツクラブなどで柔道の指導に専念した。早稲田大学柔道部で鍛え上げられた石黒もフランスに渡り、パリのモンパルナスに道場を開き、帰国するまでの10年間でルーマニア、イタリア、トルコ、エジプトで柔道を教えた。ドイツに関しては、日本からの留学生が多かった事もあり、比較的早くから柔道が発展した。しかし、軸となる指導者の存在がおらず、自己流の「ドイツ柔術」といったものが形成され独特の発展を遂げてきた。インドやその近隣諸国での柔道の発展に大きく貢献したのは、高垣信造である。高垣は講道館から派遣され、1927年からインドや諸外国の柔道発展に貢献してきた。多くの武道関係者の努力によって、武道の国際化は果たされた。しかし、現状として国際化によって生じた問題もある。

  • 国際化によって生じた問題

武道が国際化するにつれて「道の精神が理解されない」というのが国際化の流れの中で起こった問題である。現在の国際柔道連盟が主催する試合では、選手が白と青色の柔道着を着用することになっている。しかし、カラーの柔道着着用が決定された1997年以前は同じ白い柔道着を着用することになっていた。カラーの柔道着着用を提案したのはオランダのヘーシンクである。彼は、審判や観客が選手を明確に識別できるようにする為に提案した。ただ、この時に猛反発したのが日本である。日本の主張は「そもそも柔道は修行としての心性であり、この心性は柔道着の白に象徴的に表現される。白は修行者たる柔道家の自覚の表出であり、この柔道由来のあり方に、審判・観客の思惑が入り込む余地はない」(寒川,2014)といったものだ。日本側からすると、柔道が日本の民族スポーツだとするならば、日本の考えを取り入れることが普通だと考えている。しかし、武道が国際的に発展したことによって、他の武道種目にも同じようなことが生じている。また、オリンピックや世界選手権等の影響により、商業主義や勝利至上主義に偏り、武道本来の技術的特性や精神的特性が失われつつあるという現状もある。

国際化によって問題が生じていることも事実だが、今では各国が柔道の発展に力を注いでいる。剣道の技術水準も国際化によって向上しており、海外の武道先進国から武道の途上国への指導・普及が行われている。柔道に関しては、世界一の柔道大国はフランスになり、登録柔道人口は日本の3倍の約56万人となっている。フランスでは、国家レベルでスポーツの強化を実施しており、選手達は恵まれた環境下でトレーニングを行う事が可能となっている。また、フランスでは指導者の資格制度が確立され、資格を取得していなければ柔道指導を行う事は法的に禁止されている。ヨーロッパに関しては、柔道クラブを設立して、クラブ運営を職業と出来る国が増えてきている。これらの事によって、海外では日本武道の存在感が薄まってきている感は否めない。

武道が誕生してから国際化を遂げるまでに、多くの武道関係者が尽力を尽くしてきた。武道を世界各国に伝えるという事を、今以上に言葉の壁も高く、異文化理解も進んでいない中で行ってきた者の努力は計り知れない。今の日本では武道離れが問題視されているが、もう一度日本武道を浸透させていくチャンスなのではないだろうか。

【参考文献】

・ 井上俊『武道の誕生』吉川弘文館(2004) 89頁

・松原隆一郎『武道を生きる』NTT出版(2006)

・藤堂良明『柔道の歴史と文化』不昧堂出版(2007)

・寒川恒夫『日本武道と東洋思想』平凡社(2014)353頁

・松原隆一郎『武道は教育でありうるか』イースト・プレス(2013)

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