【レポート】フランツ・カフカ:掟の前で

フランツ・カフカ:掟の前で

フランツカフカ:掟の前で

  • なぜこの本を選んだ?

今回、この作品を選定した理由は、短篇に凝縮されたカフカの読者に考えさせる力に感銘を受けたからである。「掟の前で」の所感を述べていきたい。

  • カフカ自身について

現代実存主義文学の先駆者。1883年7月3日生まれで、プラハのユダヤ人商家の長男として生まれる。彼の生涯は約41年と短かった。生涯のほとんどを古都プラハで過ごし、労働者災害保険局で働き、仕事後に執筆活動に従事していたと言われている。彼は「新奇な冒険に身を呈したことも、派手な恋愛事件を引き起こしたこともなく、交友範囲もごく狭かった、外面的にはまことに地味で静かな一生であった」(注①)と知られているように、外交的とは程遠い人間であった。彼の作品が世に知れ渡ったのは死後で、多くの作家が彼の作品から刺激を受ける事となった。「不条理」が彼の作品の特徴で、「審判」「城」「失踪者」などが代表作として広く知られている。今回は「掟の前で」を取り上げていく。

  • 「掟の前で」について

「掟の前で」は短篇集「村医者」に収められている。なんともアイロニーに満ちた内容で、使用されているワードやセンテンスは絶妙。単に読み進めるとは難しく、毎回カフカの伝えたいメッセージを考えなければならない。つまり、短篇作品ではあるが容易に読み進めることは出来ない内容になっている。例を挙げると、冒頭に「今は入ることを許可するわけにはゆかぬ」と門番が述べる部分がある。ここから、読者としては「今だからダメなのか、後でよければ可能なのか」と読み手の頭をフル回転させる事を強要してくるかの様に初っ端からカフカの色が伝わってくる。もっとも顕著に出ているのが作品の最後に「ほかのだれもここで入る許可を得る訳には行かなかった。なぜならこの入口はおまえだけに定められていたからだ。では行って門を閉めるとするか」と門番が言うのだが、「おまえだけに定められている」の定められているという部分。これは何を基準としているのか。「法」なのか「定め」なのか。非常にセンテンスとしては曖昧な感じがする。他にも、「最後にはいつでも、まだ入れるわけにはゆかぬ、と言い渡すに決っていた」と男の心境を表したシーン。文書からは明確にはなっていないが、「先送りされる。今はまだ駄目」と男が暗い気持ちになっているのが伝わってくる。カフカを調べていく中で明らかになったのは、この「曖昧さ」が彼の特徴なのだということ。「あいまいさとは、相手を意識し計算したうえでの、カフカの武器・装具なのか、それともそこから脱け出すことのできぬかれの体質なのか、体質でもあり装具でもあるアイロニーやユーモアなのか。カフカはむしろわれわれには背をむけてしまい必死になって真理を祈念し祈求していることはたしかなのですが、しかしそこにはめんどうなことに、そこにはいたずらっぽい笑いや妙に当感したようなほほえみがくっついてまわっているので、こちらがからだを硬くしてカフカの不安、孤独、絶望とだけ格闘していると、気がついてみると完全な1人相撲になってしまっているのである」(注②)と文献の中でも指摘されている。彼のセンテンスにおける、曖昧な部分を自分なりに具現化していくことが所感を述べる上で重要で、必要不可欠なのである。また、個々がカフカの文章を自分なりに理解することを試みる必要性に、カフカの魅力を感じる事ができる。では本題に入る。

  • 本題

「掟の門の前で」の所感を述べていく中で重要となるのが「掟」「門番」といったワードを解読していく事だと思う。まずは「掟」について。掟の意味を調べると、「社会の人々が守らなければならない決まり」「定め」「指図」「処置」「心づもり」などが主な意味合いとして出てくる。ほとんどの人が掟と聞いてイメージするのは「社会の人々が守らなければならない決まり」だと思う。カフカが想像する「掟」を推測する中で、彼のバックグラウンドから推測を行っていく。彼はユダヤ人の家庭に生まれた。ユダヤ教は戒律、掟が厳しいことで知られている。食べ物に関して、ウロコの無い魚介類は食べてはいけない、ウシ、ヤギ、ヒツジ、シカを食べてはいけないといった決まりもある。また、カフカは実父との対立があったと様々な文献を通して明らかになっている。つまり、「掟」という言葉を彼がチョイスしたのは、彼が生きてきた中で味わってきた「厳しさ」を表現する為だったのではないかと推測している。

続いては、「門番」について。作品を読み進める中で、「一人の男」と「門番」のやり取りが展開されている。男が門番に対して何度も質問をするのだが、門番は明確な答えを返そうとはしない。ここにも、この作品の魅力の1つが存在している様に思える。個人の見解としては、この門番は無意味に答えていない訳ではないと考えている。門番は、男が掟を破って門を入るところを見逃さないという設定。しかし、門番は「そんなに入りたいのなら、おれの禁止になぞかまわずに入ってみるがいい。だが、よいか。オレは力がある。そのおれは一番下っ端の門番に過ぎない。しかし、広間から広間へ、ゆくごとに門番が立っていて、行くほどに力が強くなる。三番目の門番を見るだけでももはやおれには耐えられぬくらいだ。」と男に対して言っている。わたしには、これは男に対する門番の妬みだと感じた。先には更に強い門番がいるということ、この門番自身も先に進むことが出来ない。つまり、まだ根が折れずに先に進もうとしている男に対する妬みを意味しているのではないかと感じた。門番自身も、更に進もうと試みている一人なのではないだろうか。また、「門番の矛盾」がこの作品の重要なキーとなっていると感じている。「今はしかしだめだ。」「それはありうる」「そんなに入りたいのなら、おれの禁止なぞかまわずに入っていってみるがい」門番は先に進むことに関して、矛盾が非常に多い。毎回表現方法を少し変えている。発言に一貫性がない。この矛盾はカフカの人生観からきたのではないだろうか。彼の性格がネガティブで、悩みが多かったカフカ。彼の生涯では矛盾が多く生じていた為に、門番からも矛盾が垣間見えてきたのではないだろうか。

カフカについての文献や論文を調べる中で、彼の作品が心理学的研究、社会学的研究、ユダヤ教からの研究など、様々なアプローチから作品理解が行われていることが分かった。「なぜカフカの作品は様々な視点から論じられているのか」と疑問に感じていたのだが、今回のレポートを通して謎が解けた。一つ目の理由としては、彼のバックグラウンドが複雑だったこと。そして、決定的な理由としては、彼の作品の特徴である「曖昧さ」にあると分かった。「掟の前で」も同様だが、読み手によって一つのセンテンスだけでも理解が異なる上に、作品全体となると完結の際には全く異なる理解が各個人生じる。その為、端的なアプローチでは理解し難い。従って、様々なアプローチからの研究が存在するのだと理解出来た。同時に、ここにカフカの凄みが存在すると考える。私個人の「掟の前で」の見解は、カフカはこの作品を通して「生きる上での不確実性」を伝えたかったのではないかと思う。何度も男と門番はやり取りを繰り返し、先に進もうとするがなかなか進むことが出来ない。門番も男に対して曖昧な答えで明確に答えようとはしない。この点から「生きる上での不確実性」が浮上したと同時に、カフカの生涯では悩ましいことが頻発していたことも理由の一つだと推測する。

【注】

1.谷口茂『フランツ・カフカの生涯』潮出版社(1973)1頁。

2.本野亭一『フランツ・カフカのこと』近代文芸社(1982)9頁

【参考文献】

  • 谷口茂『フランツ・カフカの生涯』潮出版社(1973)
  • 本野亭一『フランツ・カフカのこと』近代文芸社 (1982)
  • 頭木弘樹『絶望名人カフカの人生論』飛鳥新社(2011)

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